私の嵐の思い出は、
ファンの人ならだれでもありそうな、思い出ばかり。
でも、だれにでも、それぞれの思い出があるところが素晴らしいよね、嵐って。
私は、嵐のファンになるまでは、
ジャニーズとか、アイドルのファンは、ダサいと思っていた(笑)
アイドルではなく、バンドが好きだった。
ちょっと渋すぎるけど、
小学生のころから「甲斐バンド」
中学でもそう。吉川晃司のファンの友達がいて、アイドルじゃん、って思ってた。
高校では、久保田利伸、渡辺美里、バービーボーイズ、BOOWY、浜田省吾、チャゲ&飛鳥などなど。シンガーソングライターで、演奏も歌も実力のある人たちが好きだった。
でも、そのころからも、オタク気質で、
好きなアーティストのファンクラブには入ったよね。
そして短大時代は、なぜか聖飢魔Ⅱ。
これがめちゃくちゃはまった。
ほかの人はあまり知らない、ファンにならないであろう、という、
レアな感じや特別感も感じてた。
そして、ファン同士の結びつきもとても強いのも特徴。
また、バイトをしていたので、お金を手にしたこともあり、
全国行脚をしてさらにはまったよね。
でもこちらも、自分がジャズをやるようになってから、
徐々に信者活動は下火になり。
2000年を迎えるころにはすっかり信者を名乗れないほどに涙。
(1999年に娘が生まれてますのでね)
そして。ずっとジャズばかりを聞き続けていたのだけど、
娘が小学生になり、アイドルが好きになり。
初めて、お年玉で買ったものが、スマップの世界に一つだけの花のシングルCD。
ジャニーズね…って思ってた。
そして、娘が友達から借りたというアルバムが、
嵐の「僕の見ている風景」だったかな?そんなタイトル。
それを毎回、送迎のたびに聞かされて。
そう。はまってしまった母。
そしたら、近所のママ友が、がっつりはまっていることを知り、
そこからあれよあれよと、沼に引きずりこまれ。
テレビ出演をまとめたDVDや、過去の情報もいろいろ教えてもらい。
家やカラオケで嵐会もやるようになり。
そして、ファンクラブにもモチロン入って、コンサートにもいくようになり。
ママ友たちと一緒に、
東京、名古屋、大阪、さらには、北海道も行けた!!
嵐のおかげで!!
もうね。感謝しかないよ。
私にいろんな楽しい体験をさせてくれて。
笑顔にさせてくれて。
こんなに、好きになった人はいないよ、ってくらい、ほんとに好きだった。
コンサートでも、ライブDVDでも、
絶対に目で追ってしまうのが、大野君。
歌もダンスも本当に上手で、
彼のダンスは本当に目が離せなくて、
一緒に踊るわけじゃないのに、その動きをついつい見てしまう。
どうしてもほかの人には目がいかないのよね。
絵は、好みじゃないんだけど。
だから、活動休止になって、大野君が見れなくなって、
自然と心も離れていったよね。
嵐の楽曲は、歌詞に励まされたとかいう人も多いし、
確かにいい歌詞を選んでいるな、仕組まれてるな、って思う。
でも私は、自分で楽器も演奏するので、
歌詞というよりは、メロディだったり、曲の音作りや、リズム感で、
曲が好きかどうかを選びがちで。(それは嵐に限らず)
なのであんまり歌詞は見ていなくて…
なので、休止してからは、あまり嵐を聞かなくなった。
じゃ、何を聞いていたかというと、
洋楽を聞くようになったのですわ。
そう、休止発表と同じくして、
私に新たな推しが登場したから。
ズンバの先生ですね。
こっちにはまりつつあったので、
ズンバで流している曲を知りたくなり、
洋楽を聞くようになり。
曲を覚えると、
断然、ズンバの覚えもよくなり、踊りも覚えるようになり、
そのうち、曲自体も楽しむようになり、
歌いながらでも踊れるようになって。
さらに楽しくなってはまったわけで。
私は、
同時進行でどちらも推すことができないのかしら(笑)
ということで。
嵐の話をしていたのに、結局ズンバの話になってしまったけれど。
とにかく。
嵐のファンを約10年続けてきたわけで。休止期間も入れたら15年か。
5人がいる景色は、もう目に焼き付いているので、
活動終了は、本当によき判断をされていて、尊敬しかなく、
寂しいけれど、若かりし日の彼らの映像はたくさんあるし、
楽曲もたくさんあるので、
これからも目にしていくだろうし、時間を取ってでも、
過去のライブ映像を見るであろうと思っている。
(今もすでに、引っ張り出してみている)
そして、それを見ては、笑ったり楽しんだりできている。
もう、5人そろった姿を見れないけど、
いい引き方をしたと本当に思っているので、
これからは5人、嵐に縛られることなく、
自由に生きて欲しいと思う。
心から。ありがとう~~