これもまた、人の見た目とか、態度とかで表れるものって、
その人の中身を表していると思うって話なんだけども。
それって、今まで生きてきた環境によって備えられるものなんだろうなと。
先日、とある社長のインタビューに立ち会う仕事があり。
初めてお会いした社長さんが、
とても物腰が柔らかく、真面目そうな印象で。
話し方も、穏やかでありつつ、的確に。
質問に対してもしっかり考えてからわかりやすくお答えしてくれる。
会社の歴史や経緯、方針はありつつも、
自分個人としては、という、
社長としてではなく、一市民としての目線もしっかり持っていて。
ユーモアも入れつつ、本音も見せてくれる。
インパクトは強くないけれど、感じのいい人だと思った。
一番感じたことは、
偉そうな態度を一切とらないこと。
自分自身の自慢をしないこと。
対等な立場で話をしてくれること。
~ないこと。
と表現してしまうのは、
多分自分が持っている「社長像」が、~あること、だからだろう。
もちろん、社長になるほどの人の性質は、
偉そうな態度をとったり、自慢話ばかりしたり、人を見下すような人ではなれないとは思うけれどもね。
「感じがいいなぁ」
と思える人に、自分もなりたいけれど、
なにせ、そういう環境で育っていないし、
バタバタしていて、言葉遣いも丁寧でもないし、姿勢も悪い。
顔は不細工だし、服も安物。
それでも、立ち居振る舞いで素敵に見える人なんて大勢いるわけで。
それは内面とか、当然のこととして生きてきた環境が影響して
それがにじみ出ているのだと思うんだよね。
じゃ、環境が悪かった人はもう、感じのいい人になれないのか?
それはそんなことないはず。
意識の問題かなと。
近くにいる人に似てくる、と思うので、
ああいう人になりたいな、という人の近くにいたいけれど、
今の自分の環境、確かに好きな人たちの近くにいるのではないか?
感じのいい人になって、感じのいい人たちと付き合っていきたい。
そういえば、ここ近年は、
この人と出会えてよかったな、と思える人としか、
出会えていないかもしれない。
それは、
私がそういう人になっているから、かもしれない。
なんて。ぷぷぷ(笑)
書いてて気づくことってあるよね。
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